「重長、」
「はい。」
「………だよ、」
「…き…だ。」
なんか自然音で聞き取れない重長。
「…身体冷やさないように、な。」
「…?はい、成実様も。」
「ああ。…じゃあ、また。」
想いが内側から溢れ出てきて、成実は自身が溺れてゆくのを感じた。苦しくて息ができない。瞳の奥が熱く、じわりと潤っていった。
出会わなければ幸せだったのだろうか。幾度も繰り返してきた自問の答えは、いつになっても浮かんでこない。ただ成実はこの手を離せなかった。
「…お父上っ!成実様っ!?」
鋭い金属音を聞きつけ、焦ったように重長は駆け寄った。城内の大きめな中庭では、景綱と成実が斬り合っていた。
「藤次郎様…これは?」
「ん?ああ、執務を怠っていた莫迦実に小十郎の堪忍袋の緒が切れてね。…武術で莫迦実が小十郎に勝ったら、今後一切の執務は免除という事になったんだ。」
く「…はあ。ですが流石に刀では、お怪我をなされるのでは…?」
「確かに莫迦実の方は本気のようだね、」
「…!止めないと!!」
「相手が小十郎じゃなかったら、怪我だけではすまないだろう」
「でも小十郎は、私の刃だから」
「………こーさんだよ、」
「…成実如きに傷つけられやしない。」
「藤次郎様、お待たせ致しました。」
「ん、さぁ行こうか。庭で綻び始めた紅梅を、お前と共に愛でたいんだ。」
「御意に。所用も終わりましたし、早速向かいましょう。」
「…あーもーっ!全くダメだったなぁ」
「そんなことはありません!五分五分どころか、成実様の方が押しているように見えましたよ、」
「…重長。アイツの利き手…知ってるか?」
「お父上は左利きですよ、」
「…違う、アイツは右利き。」
「清らかな聖血に濡れた右手を罪とし、それを償う為に禁じたのさ。」
「…聖血、」
「だから右手を使わせられなかった時点で俺の負けなんだよなぁー。アイツってほんと化け物かなんか何じゃないかなぁ、俺の方が若いのにぃ」
「行こう、重長。…ちょっと執務手伝ってくれよ〜」
「…お父上には内緒ですよ?」
思考が停止する。雪に喰われた音のない世界があまりに静かすぎて、耳が痛くなるようだった。
舞い降りる白銀は、俺の頬に触れるとゆっくり体温に溶けていく。空を仰げば全体を薄い雲が覆っており、暗灰色の何処からか、それは生まれてくるようだった。吐く息は白く、音も立てずに消えていく。
隣にいる彼は何を考えているのだろう。気になりはしても見ることは出来ない。思いの外穏やかな気持ちを抱きながら、俺は白銀の生まれる場所を探し続けた。