いつか書きたいなと思ってる話の冒頭を勢い任せで書いてみた。
勢い任せ故に誤字脱字修正とかしてないので、細かいミスとか気にしてません。気が向いたら修正します。
どんな話とかはそのうち語るかもしれないし、語らないかもしれない。
幽霊の話とありますが、この文には幽霊でてこないです。
追記から〜
カタン。
さび付いたポストに、手紙が一通。
真っ白な紙は色あせて黄色に。宛名はかすれて読めない。
かつて、誰かが誰かに抱いた想い。
巡り巡ってポストの中に、眠るひとつの想い。
こうしてここに届いたことには、きっと大切な理由があるのだろう。
◆
「君の絵には、何もない」
そう言って無惨に切り捨てられた一枚の絵画。
教室の一番前、立ちすくむ私。
いろんなことがこんがらがって真っ白になる頭の中に、先生の声がこだまする。ずらりと並んだ机に座って、共に勉学に励んできた仲間たちの哀れむような視線。
居ても立ってもいられなくて、講評なんてどうでもよくなって、私は教室を飛び出した。
それが、本日のハイライト。
「……はあ」
盛大なため息一つ、私はベッドの上で膝を抱えた。
散らかった画材、込めたい気持ちが定まらなくてぐちゃぐちゃになったキャンバス。こぼれた絵の具で汚れたシーツを見下ろして、憂鬱を息と共に吐き出す。
それでも、もやもやはどうにも消えてくれない。途方に暮れて、またため息。
もう、何もかも嫌になってしまいそうだ。
(私、どうして絵を描いてるんだっけ?)
部屋の隅、壁際に立てかけられた白いキャンバスをうつろな目で眺める。
何にも汚されない、無限の可能性に満ちた白。ここから何を描き出そう。いつだって心が躍った。
けれど、今は違う。
目の前に広がる白は途方もなく、果てのない砂漠のよう。開くべき地図もなく、すがるべきコンパスも、ぐるぐると回り続けているだけ。目指すべき場所がわからず、それでも進む度胸もなく、ただただ立ち尽くすことしかできない。
心はちっとも踊らない。
鮮やかな絵の具の色も、かぎ慣れたその独特のにおいも、すべて私をがんじがらめにしていく。
絵が、かけない。
時間だけが刻々と迫ってくる。
定められた期限は明日。明日までに、再び描きあげなければ。
焦りが募る。
けれど、砂地獄にハマったみたいだ。焦るほど、もがくほど、身体はちっとも動かない。
(どうしよう)
どうしよう、どうしたら。
思考はどんどん絡まって、胸につかえる。呼吸すら苦しくなって、それをどうにか落ち着かせようと深呼吸をする。
ぽたり。
何かが頬を伝う感覚。
考えるまでもなく、それが涙だと気づく。
(私はいったい何をしているんだろう。何をしたいんだろう。私には何もない。何も出来ない。わからない、わからないよ)
胸を満たすよどんだ感情の正体。
それが何かもわからずに、ただただ涙となってこぼれ落ちる。
苦しい。苦しい。
他のみんなは、輝いている。
才能だとか、目的だとか、貫き通せる『自分』を持っている。
私は何もない。
ただ絵がすきで、それだけの人間。
たくさんの絵を描きたい。その想いだけでここにいた。才能なんてなくても、描くことの楽しさがあったから、だから平気だった。どうにかやってこられた。
絵への想い、それが唯一の支え。けれど、駄目だ。今はそれすら見失ってしまって、途方に暮れている。
(いっそもう、すべてやめてしまおうか)
広げられた画材の中、カッターが目に付いた。
おもむろにそれを拾い上げて、その刃を押し上げる。
頼りない白い手首に青い血管が浮かぶ。そこに沿わせるように、銀色を押し当てた。
手首に冷たい感覚。あとは皮膚を裁つようにほんの少し、滑らせるだけ。
それだけの勇気さえ、私にはなかった。
「なんて、情けない」
自分自身に心底失望する。
カッターは皮膚を滑ることはせず、私の手から滑り落ちて乾いた音を立てた。出し過ぎた刃が折れて、古びた木目の床を跳ねた。
私は力なくベッドに倒れ込む。
こんなにも失意を抱けど、自分を傷つけることもできない。
横たえた身体に、どっと疲れが押し寄せてきた。
今の私に出来ること、それはすべてを忘れて目を閉じることだけだ。
柔らかいベッドの感覚に身を預ける。
(もういい。絵なんて知らない。どうにでもなれ)
これはただの逃避、そんなことはわかっている。
それでいいんだ。逃げ出すことしかできない。所詮私はその程度の人間なのだ。
すべてどうでもいい。そう開き直ってしまえば、何も怖くない。
まどろみのなかに意識がとけてゆく。
ーーカタン。
どこかから、そんな音が聞こえた。
こんな時間に郵便だろうか?
夢と現実の狭間でそんなことをぼんやりと思いながら、私の意識は落ちていった。
◆
翌朝、目を覚ました私は驚愕した。
目の前にある、あるはずのない光景に幾度も瞬きを繰り返し、頬をつねった。それでもまだ信じられなくて、冷たい水で顔を洗って両の手で思い切り頬を叩いた。
「夢じゃない……」
(でも、なんで?)
驚愕の理由は、鮮やかに彩られたキャンバス。
ただ朝起きて目の前に綺麗な絵があっただけでここまで驚愕しているわけではない。 私が自身の目を疑う最大の理由は、これが昨日の夜まで真っ白だったことにある。
なにも思いつかなくて、どうすることも出来ずに諦めたはずの絵が。一夜のうちに立派な作品として生まれ変わっている。
いったいどうしたことか。寝起きの脳内が疑問符で埋め尽くされる。そこにさらに追い打ちをかけるように、大きな謎がもうひとつ。
昨晩、すべてを諦め眠りについたはずの私。しかし、その身体が尋常ではないくらいに汚れていたのだ。身体の至る所に固まった絵の具が付着しており、身につけていた衣服も同様にカラフルに染まっていた。
まるで、私がこの絵を描き上げたかのように。
それは、見るからに完璧な絵画だった。
少年の純粋な眼に映った、幼い日々の光景。母に手を引かれて見た、汚れのない景色。真っ直ぐに降り注いだ太陽の光が、新緑を神々しく照らし出す。そこから生まれる木漏れ日が、まるで天から注ぐヴェールのように、やわらかくやさしく思い出を包み込む。大切な思い出を守り続ける。
一目見ただけで、心の中に情景が広がった。一つの映画を見終えたような、不思議な満足感ともの悲しさ。
鑑賞者にこれだけの体験をさせる絵画なんて、そうそう出会えるものではない。これを自分が描き上げたなど、思い上がりもいいところだ。
そもそもまったく心当たりがないうえ、才能的にもありえない。私の周りの人間でさえも、こんなものを生み出せる者がはたしていただろうか?
おそらく、誰かの悪戯だろう。
それにしてもずいぶん手が込んでいる。悪戯を通り越して犯罪レベルである気もする。
いったい誰がなんのために、こんな事をしたのだろう?
女子大生の一人暮らし。戸締まり等の防犯対策はしっかりしているつもりだ。今し方確認してみたが、昨晩も厳重に戸締まりをしたし、誰かが出入りした痕跡はない。
謎は深まるばかり。
誰かのせいでないとすると、自分で描いたという可能性が一番高い。身体の汚れ具合といった、状況的根拠も一応整っている。
全くもって実感はわかないが、もしかするともしかするのかも?
夢遊病的な感じで、眠っている間に突如才能が開花したのかもしれない。だとすれば、眠っている間にここまでの作品を描き上げてしまう私は天才かもしれない。
ずいぶんと調子のよい考えだと思いつつも、そう考えることが今の状況にとって一番都合がよい。いずれにせよ、何かしらの作品は提出しなければならなかったのだ。目の前のこの作品は、息詰まった私への神様からの贈り物ととらえよう。
迷っている暇はない。提出作品として、有り難く利用させていただこうじゃないか。
私は素早く支度をすませると、慎重にキャンバスを抱えて学校へと向かう。
罪悪感と、安堵感と、いろんな感情が入り交じって私の足取りはなんだか落ち着かなかった。
思えば、これがすべてのはじまり。
はじまりの予感すら気づかなかった、浅はかな私の最初の朝。
ポストの中には一通の手紙。
その中に込められた思いを、私はまだ知らない。