事の発端はディーとダムのこの一言からだった。
「お姉さん!一緒に菖蒲湯に入ろうよー!」
庭で掃除をしていた私の耳に、遠くから元気のいい、しかし唐突なお誘いが入ってきた。声の主は顔を見なくてもわかる。この屋敷で……いや、この世界で私のことを″お姉さん″と親しく呼んでくれるのは彼らしかいない。
何かしら、と振り向くと、彼らの腕の中にある、彼らの背丈よりやや小さめの、細くて長い草が目に付いた。
「………それは?」
どこから取ってきたの?と聞いたつもりだったが、言葉が足りなかったようで、彼らから返ってきた答えは、私の求めているそれとは違うものだった。
「菖蒲だよ!!お姉さん、菖蒲湯って知ってる?」
それが菖蒲であることは、もちろん知識の上で知っていたし、そもそも彼らが最初に私を呼んだ時の、菖蒲湯という単語のことを思い返せば、 彼らが菖蒲を持っていることは、彼らからわざわざ聞かなくてもわかっていたことだ。
(……でも彼らからしてみれば、私は異世界の余所者…)
「……ええ、知っているわよ。元々は武家の行事だったけど、今は季節の変わり目に体調を崩さないようにって、菖蒲をお風呂に入れて健康を願うわよね」
と、ここまで話すと、菖蒲を両手いっぱいに持っているディーとダムは、少し残念そうに(この前のハロウィンの時も似たようなことがあったけど)私から目線を下げた。
「…お姉さん、これも知っていたんだ」
「これは絶対知らないだろうって思ったのにね、兄弟……」
「……あんた達、また何かいたずらしようとしていたでしょう?」
そんなことわざわざ確認するまでもなく、この2人の今の沈み具合を見れば一目瞭然だった。
何のいたずらかまでは、そこまでの推測は出来なかったが、彼らの日頃の行いを見ている限りだと、やっぱりロクなものではないだろう。
(この双子はこどもの皮を被ったモンスターだものね…)
「ひ、酷いよお姉さん…僕達純粋にお姉さんと一緒にお風呂に入りたかっただけなのにっ」
「そうだよ…僕達体にいい菖蒲を手に入れたから、お姉さんと一緒に菖蒲湯を楽しみたかっただけなのにっ」
ウルウル、と。
目にいっぱいの涙を浮かべた同じ顔のこども二人が、私に訴えかける。
(いやいや、騙されるな私!!この子達のこの手に今までどれだけ騙されてきたと………)
「…それにさ、菖蒲ってアロマの効果もあるんだって」
「お姉さん、最近仕事で疲れてるでしょ?だから、僕らで癒してあげようって思ったんだ」
今度はキラキラ〜と
″一般的″に″純粋″な子どもの目で、彼らは私に訴えかけてくる。
(いやいやいやいやいやいや!!騙されるな私、こんな、こんな………)
「お姉さん……」
「お姉さん……」
「………………………」
気付けば時間帯も変わっていて、仕事という名目で、この場から逃げる手段を完全に失った。