話題:SS
「見てくださいよ。ね、このクリップ可愛くないですか。ほら、ほら、蝶の形してるんですよ」
喫茶“モンテビアンコ”の一角のテーブル席で話をする男女。男はスーツ姿でいかにも大人って感じで、女は見るからに大学生。女というより女の子って感じだ。所謂年の差カップルだろうか。だがその雲行きは、明確に怪しい。
「これね、実家近くの雑貨屋さんで買ったんですよ。他にもね、テントウムシとか芋虫とかいろんな種類のがあって」
女の子は一方的にまくし立てて、男は興味なさげに爪をいじったりしている。
「あ、芋虫っていっても全然きもくなくて、はらぺこあおむしみたいなかわいい芋虫なんですよ。ホントにいろんな種類があったんですよ。ね。今度買ってきましょうか?」
「もういいよ。君のそういう、無理に話を繋げて引き伸ばそうとする感じ、うんざりしてたんだよ」
「え?」
「前髪、切ったよね。自分で?」
「あ、はい」
「僕が木村文乃のあの新しい前髪かわいいって言ったから?」
「え、あ、まぁ、そうです」
「僕に無理に合わせなくていいから。そういうの何て言うか知ってる?」
「え……。あなた色に染まる私、みたいな……」
「重い」
そう吐き捨てて席を立つ男を、女の子は縋るように引き止めた。
「あっ……待ってください。軽くなります」
「そういうことじゃない。君、自分を偽って無理してたわけでしょ?そんなのお互いにちゃんと向き合って付き合ってたって言える?」
「…………」
「軽くなったと言えば、また痩せた?無理なダイエットなんかしなくていいってずっと言ってるのに……」
「あっ……」
彼の独り言のようなため息に、彼女は狼狽する。
「これから、これからは自分を偽りませんし正直にしますから」
「手遅れだよ。それに泣きそうな顔でそんな風に言われてもな……。それすらも無理に合わせようとしてることに気付こうよ」
取り付く島もない。それでも彼を引き止めようと立ち上がる彼女。その拍子に、クリップに止まっていなかった紙が数枚バラバラと落ちた。
それを無言で拾い束ね、女の子に渡す男。
「背伸びしなくてよかったのに。さよなら」
食事代をそっとテーブルに置き、店から出る。その動きには一切のそつがなく、淡々としていた。
茫然自失といった感じでしばらくぼんやりした後、女の子はため息をついて席についた。そしてバラバラの紙を所在なくかき集め、クリップで留めた。
その傍らにあるブラックコーヒーに手を伸ばし、口に運ぶ。
「うえ」
苦い。やっぱり苦い。大人な彼に合わせて飲み始めたブラックコーヒー。やっぱり苦い。私には無理。──そんなとこか。
「すいません」
カチャリとカップをソーサーに戻した彼女に、手を挙げて呼ばれる。
「カフェオレください。牛乳とお砂糖たっぷりのやつ。それとモンブラン一つ」
「かしこまりました」
彼女もそういう風に自分らしさを出していれば、あの人と別れずに済んだんじゃないのかな。と、私は思う。
『ブラックコーヒーと苦虫』
三題話【クリップ、前髪、モンブラン】
Twitterお題bot*(@0daib0t)様より
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アトガキ
呼吸するように小説を書ける人間になりたいと思い、お題bot様のお力を借りて書かせていただきました。
木村文乃さんの新しい前髪=「サイレーン」が終わるまでになんとかupしたかった。